琵琶故知新

琵琶湖知新

人・団体
2020.05.07

プランクトン専門家に聞く!思わず誰かに教えたくなる「琵琶湖と水道水」の話

  • facebookでシェアする
  • twitterでシェアする
  • LINEでシェアする

プランクトン専門家に聞く!思わず誰かに教えたくなる「琵琶湖と水道水」の話

 私たちが、日頃何気なく使っている水。特に琵琶湖という立派な「水瓶」を持つ滋賀県では、水不足の心配もないため、「いつでも安全な水が飲める」ことを当然だと思ってしまいがちです。

 「琵琶湖の水ってきれいなの?」「滋賀に住んでいるのに琵琶湖の水を飲んでいないって本当?」

 今回は、あまりにも身近すぎて普段深く考えることのない「水道水と琵琶湖」について、滋賀県立琵琶湖博物館・特別研究員の根来健さんにお話を伺いました。

琵琶湖の水ってきれい?汚い?

プランクトン専門家に聞く!思わず誰かに教えたくなる「琵琶湖と水道水」の話

 私たちが琵琶湖の水を話題にするとき、まず気になるのは、「きれいか、汚いか」ということでしょう。琵琶湖の水は、以前と比べてきれいになったのでしょうか?それとも、汚くなっているのでしょうか?

 長年、京都市で水道行政に携わり、浄水場長や水質管理センター長も務めた根来さんは、水の「きれいさ」は、何を基準にするかによって見方が変わってくると言います。見た目の美しさか、飲料水としての安全性か…。その尺度によって、「きれいか、汚いか」の答えは自ずと違ってくるのです。そこで、琵琶湖における水問題の変遷に触れながら、水の「きれいさ」について教えてもらいました。

 昔の滋賀県は全国でもワースト10位以内に入るほど下水道普及率が低く、汚水は琵琶湖に垂れ流し状態。1960年代から1980年代にかけて湖水は富栄養化していきました。

 しかし、大阪など下流域により多くの水を供給するため、琵琶湖総合開発事業が進められると、道路やダムの建設などインフラ整備が促進され、その一環として遅れていた下水施設も急速に普及。

 また、1970年代には、琵琶湖赤潮の原因として、洗濯用合成洗剤のリン酸塩が大きな社会問題となります。滋賀では「石鹸運動」が広がり、琵琶湖の水に対する県民意識も一気に高まりました。

 このような経過から、琵琶湖の水は1960年代から1980年代当時に比べると、河川や湖の汚染度を示すBOD(生物化学的酸素要求量)の値では「きれい」な水になっていると根来さんは教えてくれました。

 たとえば、災害で水道水の供給が止まってしまっても数日間なら、北湖のできるだけ「きれい」な水をコーヒーフィルターでこし、さらに沸騰させることで、飲料水にも使えるそうです。

琵琶湖の水は日々刻々と変わっている

プランクトン専門家に聞く!思わず誰かに教えたくなる「琵琶湖と水道水」の話

 それでは、琵琶湖の水は、1960年以前の水に戻ったのでしょうか?

 答えは「No」だと根来さん。琵琶湖の水質は10年単位で変化し続けており、そこには根来さんが研究しているプランクトンが関わっているそうです。

 琵琶湖には1000種類ほどのプランクトンが生息していると考えられていますが、昔と今でその種類は大きく異なります。たとえば、最近、琵琶湖で増えているミクラステリアスハーディという植物プランクトンは、日本国内で全く見られない種類でした。もともと、オーストラリアやニュージーランドにいたはずのミクラステリアスハーディ。運んできたのは渡り鳥なのか外来魚なのか定かではないのですが、いつしか琵琶湖で幅を利かせるようになったのです。反対に、琵琶湖でしか見られないビワクンショウモなどの固有種は、大きく数を減らしています。

 根来さんによると、植物プランクトンの増殖でおきる「アオコ」も、実は、発生年代、時期、場所によって、原因となるプランクトンが違っているとのことでした。

 根来さんが特別研究員を務めている琵琶湖博物館では、プランクトンの展示も充実しています。根来さんがプランクトンに興味を持ったのは、小学生時代の自由研究。親子で出かけてみるのも楽しそうですね。

それは本当に琵琶湖の水ですか!?

プランクトン専門家に聞く!思わず誰かに教えたくなる「琵琶湖と水道水」の話

 琵琶湖は近畿1400万人の水瓶といわれています。そのため、滋賀・京都・大阪・兵庫の家庭に届けられる水は、すべて琵琶湖のものというイメージが強いのですが、実際は少し違うようです。

 滋賀県だけに限ってみても、琵琶湖を水源としている割合は、72.6%(滋賀県水道ビジョン「水源内訳(取水量)の推移」より、平成28年のデータを引用)。大阪、兵庫、京都でも、琵琶湖以外の水系や伏流水を利用しているのが事実です。

プランクトン専門家に聞く!思わず誰かに教えたくなる「琵琶湖と水道水」の話

(画像提供:滋賀県水道ビジョン

 龍谷大学でも非常勤講師として教鞭をとる根来さんは、毎年学生に対して、「自宅で使用している水道水は本当に琵琶湖の水ですか?」と尋ねるそうです。皆さんも一度、自宅の水がどこから来ているのか調べてみてはいかがでしょうか?もしかすると、「琵琶湖の水」と思って飲んでいる水道水は違う水源かもしれません。

琵琶湖の水が水道水になるまで

プランクトン専門家に聞く!思わず誰かに教えたくなる「琵琶湖と水道水」の話

(イメージ写真)

 一口に「浄水場」といっても、水源や水の水質が違えば、浄水処理方法が異なります。この点についても、根来さんに詳しく教えてもらいました。

 まず、きれいな地下水が水源の場合は、汲み上げた水を消毒するだけで充分です。熊本県や山梨県などの地下水は、濁りもなく大腸菌もいませんから、消毒も必要ないくらいですが、日本の厳格な基準に従って、最低限の消毒だけ行なっています。

 その次の段階が、緩速ろ過という方法です。これは、大きな水田のようなところに水を入れ、ゆっくりゆっくりと時間をかけて、砂でろ過していきます。薬品などは入れません。水が地下にしみこんで地下水になるのと同じ仕組みを人工的に作り上げているのです。大津市の拠点となる柳が崎浄水場には、今も10の緩速ろ過池があります。

 この緩速ろ過は、まさに自然のフィルターを使った天然水を作るようなものなので、実際にできた水は大変おいしいです。ただ、非常に広い土地を必要とし、たくさんの人々に供給しようと思うとまったく間に合いません。

 また、琵琶湖のようにプランクトンの多い水でやると詰まってしまう可能性も高くなります。そこで、現在、大津市や琵琶湖水系の多くの地域で行われているのが、凝集沈殿、砂ろ過を使った浄水処理です。

 この方法では、まず、沈殿池に凝集剤を入れ、水に漂って浮いているプランクトンなどを固めて底に沈めてしまいます。そして、上澄みの水を急速ろ過地で砂の層を通し、濁りのない水にしていきます。最後に消毒し、やっと「水道水のできあがり!」となります。

 この浄水処理の過程で、各浄水場は活性炭をつかったり、オゾン処理を行なったりと、その地域の水質に合わせた工夫を凝らし、少しでもおいしい水道水を私たちに供給するため、日々努力を続けています。

 根来さんは、かつて浄水場長を務めていた頃、見学に来た小学生たちに「浄水場で一番大切な仕事は何だと思いますか?」と質問していました。その答えは「管理と監視」です。

 水道水は透明が当たり前。「昨日台風が来たので、今日の水は茶色です」や、「アオコが出たので、ちょっと緑色でごめんなさい」では済まされません。原因にあわせて凝集剤や塩素の注入量を変えたり、入れる順番を変えたり…。水源の状態を管理し、常に安全できれいな水を供給できるよう監視することが、浄水場の最も重大な職務なのです。

 プランクトンの種類が10年単位で変わる琵琶湖。プランクトンが発するかび臭さや生臭さをいかにして抑え、同じ質の水を安定供給するか。まさに、水に関わる方々の英知の結集こそが、私たちが毎日「当たり前」に飲んでいる「透明な水道水」なのです。

やっぱり琵琶湖はすごかった!

プランクトン専門家に聞く!思わず誰かに教えたくなる「琵琶湖と水道水」の話

 根来さんによると、世界中で水道の普及率が上がってきたとはいえ、蛇口をひねれば安全な水が飲めるのは、世界でも数か国しかないそうです。さらに、同じ日本でも、広大な琵琶湖を持つ関西と関東では、水不足に対する意識が全く違うと言います。

 仮に夏場1日、1400万人全員が琵琶湖の水を使ったとしても、最大水深104m、広さ670㎢の琵琶湖では1㎝水位が下降するにすぎません。関東でダム湖の水が10m、20m下がる事象でも、琵琶湖では50㎝、60㎝減るだけ。もちろん漁船が港に入れない、田んぼに水が入らないといった問題は生じますが、深刻さが違います。

 滋賀県だけでなく、京阪神にとって生命の源ともいえる琵琶湖。今回、根来さんにお話を伺うことでその有難さと偉大さに改めて気づかされました。

ライター
梨紗

初めてのキャンプも、初めてのスキーも、初めての登山も…すべて滋賀で経験した琵琶湖大好きなライター。1男1女の母となったあとも、子どもたちにせがまれて、春夏秋冬、足繁く琵琶湖へと通っている。