新たなヨシ活用で琵琶湖の環境を守れ 100%ヨシ製の「よし筆」は芸術家に人気
琵琶湖に広がるヨシの大群落。流域・水辺域の開発や改修のために次第に姿を消し、今では少なくなった風景です。
古来から人々の生活に寄り添ってきたヨシは、冬になると刈り取られて加工され、生活用品や漁の道具として、さらに家畜の餌や燃料として有効利用されてきました。しかし時代とともに活用の場は減少。今では多くを処分するしかなくなっているようです。
ヨシとの関係性を見直し、新たな活用方法を模索する動きも広がっています。滋賀県近江八幡市で「よし筆」をつくる、「小さな文化を作る会」代表の千賀 伸一(ちが しんいち)さんにお話を聞きました。
使われなくなった国産ヨシに新たな活躍の場を
琵琶湖の水質浄化に寄与し、生き物を育む場として機能するなど、琵琶湖の環境維持に欠かせない「ヨシ」。万葉集にも「葦辺には、鶴がね鳴きて 湖風 寒く吹くらむ 津乎の崎はも」と、琵琶湖のヨシが読まれた歌があるなど、古来から琵琶湖とヨシの関係は深いものでした。
ヨシは琵琶湖に自生するだけでなく、主に漁業関係者によって植栽も行われており、魚の成育場確保のため、水環境の保護のためなど、さまざまな観点からヨシの保護や植栽が進められてきたのです。
かつて、ヨシはヨシズやヨシ屋根、衝立などに加工され、家屋で活用されてきました。活用の術があったからこそ、ヨシの植栽、刈り取りが円滑に行われ、琵琶湖の環境にも好循環が生まれていたのでしょう。しかし、次第にヨシ製品は姿を消し、数少ない需要も中国産のヨシに奪われるなど、琵琶湖のヨシは活用の場を失っていきました。
健全なヨシ群生の育成には、冬季にヨシを刈り取り、清掃を行うなど、定期的な手入れが欠かせません。しかし刈り取ったヨシの活用がなされなくなったこともあり、その維持が難しくなっています。環境団体やボランティアさんの力を借りて刈り取りを行ったとしても、その後の処分に悩まされるのには変わりません。ヨシ群生の、ひいては琵琶湖の環境維持のために、ヨシの活用が望まれています。
ヨシを原料とした「よし紙」や、現代風にアレンジされた「よし笛」など、少しずつではありますが、ヨシを活用する動きも広がっています。千賀伸一さんが取り組むのは「よし筆」。軸から筆先まですべてヨシでできた筆です。千賀さん自身が製造され、運営されているショップ「アトリエ伸」(滋賀県近江八幡市新町2丁目20)で販売されているほか、ワークショプ形式のよし筆教室も実施されています。ワークショップは、1回2時間ほど。1人2本の筆が完成します。
「思わぬ線が描ける」と芸術家から熱い支持が
(「よし筆」で描かれた柳澤 一芸さんの「麗人画」)
通常の筆は馬や羊などの獣毛が用いられます。しかし「よし筆」は植物100%。毛とはまったく異なる質感を持ち、「独特な書き味がある」「個性的な線が引ける」などとして、絵や書を愛する人々、陶芸作品の絵付けをする人などから人気を集めています。「店頭でこの筆を手にした絵描きさんが、『インスピレーションがわいた』と、その場で絵を描かれたこともありました。思わぬ線が描けるから、創作の幅が広がるという声が多いです」。
「麗人画」を描く柳澤 一芸(やなぎさわ いちげい)さんも、よし紙とよし筆を愛用する一人。かつて千賀さんのワークショップに参加してよし筆作りを学び、以降は自身で専用のよし筆を作っています。柔らかな曲線で描かれた「麗人画」の髪の毛は、よし筆だからこそ出せるのだそうです。
「竹筆」があるなら、「よし筆」だってできるはず
(よし筆作成のヒント。「油落とし灰」の文字が書かれている)
よし筆が完成したのは2007年~2008年頃のこと。「よし筆を作りたい」と考えたのは、そのさらに数年前だといいます。目指したのは「新たなヨシの活路」。「ヨシが使われなくなったため、ヨシ刈りの費用が捻出できない」との声を聞き、ヨシの新たな活用方法を模索しはじめました。
着想に役立ったのは、繊維状にした竹を穂先にした「竹筆」。中国で生まれた竹筆は、弘法大師(空海)が遣唐使から戻った際に伝えたともされるなど、長い歴史を持っています。
千賀さんは「竹で筆が作れるなら、ヨシでも作れるのではないか」とひらめきます。元々ヨシと筆とは無関係ではなかったこともヒントになります。千賀さんがよし筆作成にあたって教えを請うた故西川嘉広(にしかわ よしひろ、元ヨシ博物館館長、元金沢大教授)さんの著書『ヨシの文化史―水辺から見た近江の暮らし』(サンライズ出版)は、内部が空洞だったヨシが筆の鞘、つまりキャップとして使用され、「筆鞘葦(ふでさやよし)」と呼ばれたと記します。「鞘だけでなく、筆本体もヨシで作ったらおもしろい」と考えた千賀さんのチャレンジがはじまりました。
「竹はしなるが、ヨシはしならない」などの相違点も、筆としての味わい。よし筆の作成は順調かと思われました。しかし思わぬ障害が。ヨシの持つ特性が筆づくりの問題となったのです。
「ヨシはイネ科。イネ科の植物は油を含んでいます。そのまま筆の形にするだけでは、ヨシ自身の油で墨汁や絵の具を弾いてしまうんです」と千賀さんは話します。
(ヨシを燃してできた灰。よし筆づくりには欠かせない)
西川さんに相談したところ、かつてヨシを燃やした灰は「油落とし灰」として販売されるほど、油落とし効果が優れていたとの知見を得ます。
「ヨシ自身の灰で油落としはできないだろうか。灰まで使えばエコだし、すべてヨシでつくることにも意味がある」。そう考えた千賀さんは、数年かけて試行錯誤し、ついに現在の手法へと到達したのです。
「よし筆」つくりは、丁寧に根気よく
(よし筆の制作過程。下から上に向かって穂先が細かくなり、完成に近づく)
よし筆の製作はヨシ選びから始まります。フシからフシまでが「軸」になりますので、太さや長さなど、ちょうどいいものを選んでいきます。いい形状のヨシが見つかったら、フシの上を5cmほど残して切断します。
残した5cmほどが筆の「穂首」になりますので、この部分の皮をカッターで削り取ります。薄く削ぐのがいい筆を作るコツ。あまり分厚く削ると、筆が細くなってしまうそうです。
皮がなくなったら、縦に切り込みを入れ、ヨシを縦に裂いて繊維状にしていきます。細く裂くほうがいいのですが、あまり細かく刃を入れすぎたり、力を込めすぎると、穂首が破損してしまうので、繊細な作業が要求されるそうです。
その後は、試行錯誤の末に完成した「脱脂」の工程。沸騰させたお湯にヨシの灰を入れ、そこに穂首をつけます。千賀さんは「手軽にできるから」と、電気ポットを利用しています。ある程度煮出したら、湯から引き上げ木づちで叩く工程へ。
この「湯で煮出して、木づちで叩く」工程を繰り返します。「何回繰り返す」などの決まりはありません。指先や手のひらで穂首の硬さを確かめ、納得したら完成です。
工程の前後で比べてみると、カッターで切り込みを入れただけの硬い穂首が、獣毛の筆に近いほどの硬さになっているのがわかりました。
よし筆作りのコツは、とにかく根気よく、丁寧に取り組むこと。「心を込めてじっくり作業すれば、いいものができる」と千賀さんは語ります。ポットのお湯に何度も浸けて脱脂し、満遍なく木づちで叩く。アトリエ内にリズミカルな木づちの音が響くほどに、穂首が細く、しなやかになっていきました。
ヨシ刈り、よし筆づくりを通じ「琵琶湖を知って、体験して、味わって」
(ヨシ刈りの様子「写真提供:千賀伸一さん」)
よし筆は購入もできますが、千賀さんは「ぜひ自分でつくってみてほしい」といいます。
ヨシや琵琶湖の環境について考えるためには、まず「知る」ところから。そのうえで「作る」「刈る」などを通じた体験で、より深く知ってもらえれば、理解や利用が広がるのではないかという思いから出る言葉です。
「よし筆の材料は、ヨシ刈りに参加すれば手に入ります。自分でヨシを刈って好みのヨシを選び、筆を自分で作って、自分で使う。ヨシや琵琶湖の環境を知って、体験して、味わってもらえればうれしいです」。
アトリエ伸・麻香
築150年という古民家を利用し、ギャラリーやショップを営業。
よし筆やよし紙など、ヨシ製品を中心に扱う「アトリエ伸」と、近江の麻を使った服や雑貨などが並ぶ「麻香 近江八幡店」が同居しています。建物の奥は、文化発信の場「ギャラリー淡海座」として利用されています。
京都出身、滋賀に仕事で通ううちに滋賀に惹かれて彦根に移住。ライターをするかたわら、夫と「彦根の自転車店・侍サイクル( https://jitensyazamurai.com/db/ )」を経営。湖東・湖北を中心に、滋賀各地を自転車で走り、ついでに美味しいものを食べるのが何より幸せ
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