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2020.02.20

琵琶湖の希少種「セタシジミ」がビールに!? 滋賀発 個性派クラフトビール「近江麦酒」

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琵琶湖の希少種「セタシジミ」がビールに!? 滋賀発 個性派クラフトビール「近江麦酒」

 琵琶湖に61種生息しているという「固有種」。多様な生物体系も琵琶湖の魅力のひとつです。しかしその半数以上が大きく数を減らしており、問題視されています。

 種の保存に取り組むには、まず対象を知ることから。滋賀県レッドデータブック2005年度版で「希少種」に指定された「セタシジミ」。このシジミを使ったビールが作られています。地元・滋賀の特産物を中心に、さまざまな素材をいかしたクラフトビールを作っているのは「近江麦酒株式会社」の山下友大(やました ともひろ)さん。「シジミのビール」という新たな視点から、セタシジミについて考えます。

絶滅の危機に瀕する「琵琶湖固有種」

琵琶湖の希少種「セタシジミ」がビールに!? 滋賀発 個性派クラフトビール「近江麦酒」

 1000種を超える動植物が生息するとされる琵琶湖。1993年には湿地生態系保護のための「ラムサール条約(国際湿地条約)」の登録湿地にも指定されるなど、国際的にも琵琶湖の環境保全に注目が集まっています。

 琵琶湖には、ホンモロコやニゴロブナ、ビワコオオナマズなどの固有種が多く生息。その数は亜種、変種を含めて61種にのぼります。しかし固有種は近年その数を大きく減らしており、滋賀県レッドデータブック2005年版によれば、固有種の62%が「絶滅危惧種」や、それに次ぐ「絶滅危機増大種」「希少種」として指定されているなど、危機的状況を迎えています。水質や底質の悪化、護岸工事、ヨシ群落の減少などが影響しているのではないかとされますが、確固とした原因は不明。抜本的な解決は難しそうです。

 セタシジミは琵琶湖水系だけで見られる固有種。琵琶湖の浅瀬から水深10メートルほどにかけての砂地に生息しています。身にコクがあるため、「美味しい」として愛好され、かつては滋賀県内だけでなく、全国規模でも流通していたといいます。しかし現在、県内でもなかなか見られないほどセタシジミは貴重な存在になってしまいました。

 セタシジミが日常的に見られたのは1965年頃のこと。琵琶湖の特産品として広く出荷されていただけでなく、水辺で遊ぶ子どもたちがシジミをとり、持ち帰って家庭で食べる光景も見られたといいます。しかしその漁獲量は激減。1957年には6000トン以上獲れたセタシジミは、2010年代には100トンにも満たないほどにまで落ち込んでしまったのです。

 減少の原因は湖中砂利の採取や河川からの泥の流入によって生息場所である砂地が減少したこと、水草の繁茂による湖底環境の悪化などが考えられていますが、定かではありません。さらに近年日本を直撃するようになった台風も影響し、セタシジミの漁獲量はさらに大きく落ち込んでいます。

 このセタシジミを使ったクラフトビールを製造・販売するのが「近江麦酒株式会社」(滋賀県大津市本堅田3丁目24-37)。代表の山下友大さんは「設立当初から「琵琶湖の宝」であるセタシジミを使ったビールを想定していた」といいます。

鮒ずし・蓼・ごぼう…… 滋賀の特産品が次々ビールに

琵琶湖の希少種「セタシジミ」がビールに!? 滋賀発 個性派クラフトビール「近江麦酒」

(野洲市で限定販売されているオリジナルビール)

 2018年春から大津市堅田の「近江麦酒」で醸造をはじめた山下さん。プログラマーとして働いていた2015年。たまたま飲んだクラフトビールに感銘を受け、あっという間にビール作りの道へ。「おもしろおいしいビール造り」をコンセプトに、「ペールエール」や「スタウト」などの定番のほか、「夏みかん」「梨」「ぶどう」「いちご」「さくら」など季節の食材、さらに「鮒ずし」「蓼」「ごぼう」など滋賀の食材を意欲的に取り入れたクラフトビールも手掛けます。

 「おいしいお酒が作りたい」というシンプルな気持ちに、「意外性のある原料を使いたい」「地元の特産品を活かしたい」「おもしろいことがしたい」の希望が加わった結果、「どんな味がするの?」と人が興味を抱くようなビールを多数生み出す醸造所が誕生したのです。

 鮒ずしビールの味についてお聞きしたところ、「鮒ずしテイストはありますが、『普通に美味しい』とちょっと拍子抜けする人もいるような味」とのこと。怖怖チャレンジする人が多いだけに、「美味しい」という喜ばしい事実に複雑な感想を持つ人もいるようです。

小さな醸造所だからこそできる「試行錯誤」

琵琶湖の希少種「セタシジミ」がビールに!? 滋賀発 個性派クラフトビール「近江麦酒」

 「近江麦酒」は10坪ほどのごくごく小さな醸造所。4つのタンクをフル回転させてビールを仕込みます。仕込みにかかるのはおおむね2週間ほど。1つのタンクから330ml瓶で350本ほどのビールができるそう。

 タンクが小さいので、一度にたくさんのビールは作れません。しかし小規模だからこそ小回りがきき、実験的なビールを仕込むこともできるそうです。

 小さな醸造所では仕込みの回数も増えます。回数が増すごとに技術は上がり、味わいも洗練されていきます。いわば「腕が上がっている」ということ。また小ロットのビール作りだからこそ、仕込むごとに配合を少しずつ変えてより理想に近いビールを追求することもできるそうです。

 「開業から2年で数十回は仕込んだはずです。その度に試行錯誤していますので、より美味しいビールが完成していると思います」と山下さん。多くのチャレンジを重ねるうちに、初期からのアイデアである「セタシジミビール」の実現が見えてきました。

偶然の出会いで「セタシジミ」の安定確保が叶う

琵琶湖の希少種「セタシジミ」がビールに!? 滋賀発 個性派クラフトビール「近江麦酒」

 しかしセタシジミビールの製造には重大な課題が。それは「セタシジミの安定供給」。「セタシジミが減っていることに加え、禁漁期間があるのも問題でした」と山下さんはいいます。「試作の結果、味の点では手応えがありました。しかし必要なセタシジミの確保は難しく、打開策も見えませんでした」。

 「生のセタシジミではなく、エキスを使えばいいビールができる」という製造手法にはたどり着いたものの、セタシジミの確保は難航。製品化の道は遠いように思われました。

 悩んでいる時、山下さんが出店したイベントで偶然の出会いが訪れます。お隣のブースになったのは、近所で営業されている「(有)田村淡水」さんという、セタシジミの扱いもある水産会社だったのです。

 「セタシジミの安定供給について相談したところ、しじみを煮た際に出る汁を利用するというアイデアを提案してもらいました」と山下さん。シジミを加工する際に、煮汁が出ます。この汁は廃棄されるのではなく、煮詰めて料亭などに販売されていました。煮汁のエキスは冷凍保存もできますので、禁漁期間も問題にはなりません。

 原材料を安定して手に入れるという点でも、貴重な琵琶湖の宝を余すところ無く利用するという点でも、ベストの提案。実際に煮汁エキスで仕込んだビールは味わいも上々で、ようやく生産の目処がつきました。

 本格製造にあたっては、山下さんが掲げた目標は「みんなで作るセタシジミビール」。山下さんや近江麦酒だけでつくるのではなく、多くの人に関わってもらいたいと考えたのです。

 具体策として2019年5月にクラウドファンディングを実施。48人から37万4,500円が支援金として寄せられるなど、多くの人を巻き込むのに成功。注目も集まります。クラウドファンディングで得た資金は、セタシジミビールの開発や、ラベルの製作に利用され、「みんなで作るセタシジミビール」という目標の達成に大きく寄与することになりました。

 雰囲気のあるラベルが貼られて市場に出たセタシジミビールは、シジミが全面に出すぎない自然な味わい。多くの人に愛飲してもらえるようなビールが完成しました。

セタシジミを通じて琵琶湖への関心を高める

琵琶湖の希少種「セタシジミ」がビールに!? 滋賀発 個性派クラフトビール「近江麦酒」

(金曜日にだけ開店する、醸造所併設のビアカフェ)

 山下さんは「セタシジミが減った原因についてはよくわかりません」といいます。「しかしシジミが減ったことにより、悪循環が発生しているとも聞きます」と、湖岸の環境悪化について話してくれました。

 セタシジミ漁を行なう際には、湖底の砂地をさらいます。そのため、湖底の砂地がほどよくかき混ぜられて、砂地の環境整備に一役買っていたそうです。しかしシジミ漁が減ったことにより、湖底の撹拌が行われなくなります。湖底には次第にヘドロが溜まり、ますますセタシジミが棲みにくい環境になっているのです。

 「湖底をさらったら、環境がよくなってセタシジミが増える。そんなにうまく行くかはわかりません。でも、セタシジミに注目が集まることで、琵琶湖の環境悪化やセタシジミの減少に歯止めがかかればいいですね」。

琵琶湖の希少種「セタシジミ」がビールに!? 滋賀発 個性派クラフトビール「近江麦酒」

近江麦酒 ビアカフェ

大津市本堅田3丁目24-37

金曜日にのみ、醸造所に併設のビアカフェを開店。オーナー夫妻自らが接客し、「おもしろおいしいビール」とビールにあったつまみを提供しています。

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目片雅絵
ライター
目片雅絵

京都出身、滋賀に仕事で通ううちに滋賀に惹かれて彦根に移住。ライターをするかたわら、夫と「彦根の自転車店・侍サイクル( https://jitensyazamurai.com/db/ )」を経営。湖東・湖北を中心に、滋賀各地を自転車で走り、ついでに美味しいものを食べるのが何より幸せ